松崎町章

那賀川畔

那賀川畔

那賀川畔 (家族向・一般向) 約2時間15分

コース案内 花のジョギングコースをゆっくり楽しむ

大沢温泉から西に流れる那賀川洽いの堤防は5kmにわたり桜並木が連なり、
菜の花やハナダイコン、ユキヤナギ、アベリア、ガクアジサイ、クチナシなどが植栽され、
一部が「花のジョギングコース」となっていて町民に親しまれている。
花のジョギングコースとして指定されているのは宮の前橋から伏倉橋までの問約900m。
特に春は川面を染める桜並木と菜の花、田園に広がるレンゲ畑に囲まれてのジョギングは最高の気分。
ジョギングばかりでなく朝夕の散歩コースとして親しまれている。

桜並木 起点は宮の前橋であるが、ちょっと寄り道をしてユニークな時計塔のある
明治商家・中瀬邸から歩き始めよう。
中瀬邸は明治初期、呉服問屋として建てられた木造建築で、
現在は当時の呉服問屋の様子を再現した歴史資料館となっている。
ほかにビデオによる観光案内や伝統工芸の実演、喫茶コーナーなどがある。
なまこ壁の技術を現代風に生かして作られた長さ30mの「ときわ大橋」は、
景観に合わせ欄干の両側にサクラの花、空を飛ふツバメが漆喰で描かれている。
橋を渡り、那賀川の左岸につけられた細い遊歩道を逆上って行く。
歴史を感じさせる巨樹やヤナギ並木、なまこ壁の美しい塀をつたって進む。
福祉センターの先、左手にソメイヨシノの由来碑がある。
「江戸末期、江戸駒込染井の植木商が初めて売り出したので、この名がついた。
明治五年(1872)正式に染井吉野と命名、
植物分類学上伊豆半島の江戸彼岸桜と伊豆地方に多い大島桜との自然交配による雑種である。
近年風早峠(仁科峠)にその原木か発見されている。昭和五十五年三月吉日、土手さくら会」
道路の下をくぐって桜並木の土手を行く。
春には野草に混じって
菜の花やハナダイコン(ムラサキハナナ、ショカッサイともいう)が咲き、楽しく歩ける。
トイレのあるところから木の橋を渡ると少し狭くなるが、
「町村合併記念碑」と「手作り郷土賞」の碑のあるところから広くなる。車の通行がないので安心して歩ける。

花の三聖苑 左に那賀川の清流、右に田んぼ
じゅうたんを敷き詰めたようなレンゲ畑(初夏)が目を慰めてくれる。
慶応三年(1867)と彫られた石仏を見た先に伏倉橋。
少し先から河原に降りると親水広場があり、憩いの場所となっている。
このまま真っすぐ進む。
この先両河畔1kmにわたり約200本の桜並木がつづく。
桜が満開になるころ(4月初旬)、
大勢の花見客が訪れ、夜はライトアップされ大変にぎわう。
数軒の民家の先から杉の木の階段を降りる。
所々にあるボードウォークや木の橋を渡り竹林、植林を抜けると畑に出る。
畑の中の小さな十字路を左に曲がり再び桜のある河畔の道に上がる。
南郷橋を左に見てこのまま桜並木の左岸を行く。
ベンチのあるところから左に折れ、ポケットパーク、ゲートボール場を過ぎるとつり橋がある。
渡ったところにサイノカミの石仏が一体。
サイノカミは道祖神とも呼ばれ、外から入ってくる疫病・悪霊を村境で防ぎ止めるために置かれた道の神様である。
正面に見える建物は中川小学校。つまり、この橋は小学生が安全に通学できるようにと作られたものである。
そばに「橋の歌碑」を刻んだ石碑がある。
川沿いに進み、滝見橋を渡り、カラー舗装された左岸を行くと「花の三聖苑」の裏手に出る。
「花の三聖苑」は松崎が生んだ偉大な三聖人の業績を中心に土地の歴史、文化を紹介する施設。
三聖とは、
・幕末の漢学者で偉大な教育者であった土屋三余(さんよ)
・産業・農業・海運・教育に多大な貢献をした実業家の依田佐二平(さじべい)
・北海道・十勝原野(現帯広市)開拓の先駆者である依田勉三(べんぞう)
の三人で、その偉業を紹介する資料館「大沢学舎」のほかに「三聖会堂」、
食事・喫茶・地場産品の売店「天城山房」、直径11mの花時計、温泉入浴施設「かじかの湯」などがある。
イヌマキの大樹や子宝の木、子宝の神様が祀ってある山神社を詣でてから
橋を渡り、少し上流の大沢温泉へ行ってみよう。
大沢温泉一帯の河畔もサクラの名所で、
樹齢50年以上の染井吉野の大木、約250本があり、川面を覆うように咲き誇る。
4月の初旬には「桜まつり」が催され、全国から募集した俳句を竹短冊に書いて吊るされる。
また、3月にはアマゴ釣り、6月にはアユ釣りも解禁され、太公望で賑わうところでもある。